「どこでもドア」は実現されている ⁈

今朝、ふと、そんなワードが浮かんできました。

「できる」を前提で考える

先日、発明家でネジロウ社長の道脇 裕さんの言葉を耳にしました。

不可能と思われていることを発明によって可能にしている天才発明家の方です。

 

私も含めて、多くの方は「私には出来ない」「能力がないから」「経験がないから」「もう歳だから」「時間がないから」と何かにつけて、あきらめてしまう事が多いのだと思います。

ですが、このことは自分自身に「できない」というレッテルを貼って、言い訳しているように思えてならないのです。

 

なぜ、レッテルを貼るのか?

失敗するのが怖いから。大きなコストがかかったり、周りの人に迷惑をかけるかもしれないし「やっぱりだめだった」と落ち込む結果になるのも怖い、周りに指さされるのは嫌だ、などなど。
でも、それは 短期的な結果に振り回されているのではないかと思います。

もし、本当にやりたい事ならば、一度上手く行かなくても、上手く行くまでやり続ければ良いし、機会を見てまた挑戦すれば良いし、別のやり方を試してみるのも一つの方法だと思うようになりました。

 

道脇さんは「『できる』『解決策はある』という前提に立って考える。「難しい」「不可能」という立場で考えると、建設的でなくなり思考が終わる。」と仰っていました。

目から鱗が落ちるように感じました。

 

不可能が可能に

「不可能」と思われるものが「可能」になっていくことは、歴史的に見ても容易に想像できます。

太古の昔の人々は、飛行機が空を飛ぶことが出来るようになると考えたでしょうか。

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小さな頃、「ドラえもんの秘密の道具が1つだけ手に入るとしたら何が欲しい?」と友達に聞かれた時に、私は迷わず「どこでもドア」でした。今でもそれは変わりません。

「どこでもドア」があったら、国内であろうが海外であろうが行きたい場所へすぐに行けるし、友達の家にだってすぐに遊びに行ける。寝坊して遅刻しそうな日でも、道中走らなくてもドアを開ければ学校の教室にすぐ入って行ける。大嫌いな満員電車に乗らなくても自宅から会社にストレスフリーで出勤できるとか。

 

でも、どうでしょうか。インターネットが普及して、海外の情報がリアルタイムに調べられたり、ニュースとして伝達されたり、コロナ禍になってオンラインが普及し、海外の友人と簡単に繋がったり、今まで全く接点がないと思っていた人たちと繋がってコミュニケーションが出来たり。

ある意味で「どこでもドア」は実現してきているのではないでしょうか。

 

可能にする為の手段を考える

『できる』という前提に立って考えて、それに必要な手段を考える。それは、お金なのか、時間なのか、知識なのか、場所なのか、人の助けなのか。 それを考えることに全力を費やすことが大切なのだと気づきました。

 

これを企業に置き換えると「経営戦略」なのだと思います。

そのためには、短期的な結果に捕らわれない大きな目的「経営理念」の策定が重要なのだと思います。

 

くらこことっとでは、中小企業様の「できる」を実現にするために、地に足のついた支援を心掛けています。